去る令和8年5月31日(日) 風鈴部長が79歳にて
永眠いたしました。
ここに生前賜りましたご厚情に深く感謝申し上げます。
葬儀につきましては故人の遺志により近親者のみで滞りなく執り行いましたことをご報告申し上げます。
また、誠に勝手ながら、故人の遺志により、ご香典、ご供花、ご供物等につきましては、お気持ちのみありがたく頂戴し、お心遣いはご遠慮申し上げます。
本来であれば早速お知らせ申し上げるべきところ、事後のご通知となりましたことをご容赦ください。
部長はいつも皆様と楽しく遊びに出かけ、楽しい人生を過ごせたと思います。
ありがとうございます。
これからもずっと部長の思い出話をして生きていく。
御冥福をお祈りします。
ともP
2026/06/04(Thu) 19:41 No.2413
昨年の北海道ツーリングでは念願のタウシュベツ橋梁ツアーに参加出来てほんと良かったです。
これからもバイク仲間達と部長とのいろいろな思い出を語り合っていきます
安らかにお眠り下さい。
KON
2026/06/04(Thu) 23:03 No.2414
FJRから始まって、粗忽、MCと楽しかった思い出がいっぱいです。
部長はずっと自分の記憶のなかにいます。
あらためてご冥福をお祈りいたします。
HIKO
2026/06/05(Fri) 09:08 No.2415
ただただ残念です
安らかにお眠りください
ご冥福をお祈りいたします
オクティより
奥村 貴樹
2026/08/14(Fri) 09:28 No.2416
ずっと体調が悪い
心不全から来ていると思う
1階から2階まで、登るとせいぜいしてしまう
4月9日、定例の医者の診断があった。
現在の状況を説明して、調子が良いことを伝えた。運動ができなくて、施設の中で何もしないでただ過ごすのは、耐えられないこと、普通の生活は普通に十分可能なことを説明。
先生曰く
それなら、退所も考えて自宅での治療に切り替えるも一つの案ですね。自宅療養なら、訪問医師と訪問看護師をみつければ、夜でも大丈夫だろうとのことでした。
せっかく入所したのだから、もう少し居ようと考えてます。
外出が不自由なのを除けば、十分に快適なしせつですので、少し考えてしまします
干すポスに入って、約10日が経ちました。
色々な書類等を整理し、日々の計画的な時間割も慣れてきました。
けど、日中やることが無さすぎる。先日お昼に外に出て、薬を飲み忘れたら、結構怒られた。なぜって医療用の麻薬の飲み方は結構シビアなようです。
今週からは、3日間だけ仕事に出ることに決めました。食事のキャンセルが一日単位で4日前には、文句があるけど仕方がないですね。書類と図面が脳を活性化してくれると信じてます。
風鈴部長
2026/04/05(Sun) 17:37 No.2407
先日はお邪魔しました。
夕食はそれでもおかずが少し多いですね…食べられるのは良いことです。
また何かこちらでできることがあればお申し付けください。
m(_ _)m
HIKO
2026/04/06(Mon) 22:33 No.2408
万が一の為に、預金口座からの引落をできるだけ一ヶ所にまとめる。これが、ずっとやってるんだけど結構面倒です。
自宅と施設と生活環境が、2ヶ所となるので、各々の月々の費用が明確となるように、分離して入金支払いができるようにする。
当分のあいだ、これの処理ですね。
あ、仕事もせねば。
羽鳥六丁目の農地法第5条の許可の申請があっった、、、。
風鈴部長
2026/04/07(Tue) 09:46 No.2409
3月23日から 老人施設に入居しました。これからの自宅はここになるわけです。しかし バイクに乗れない車に乗れない 外に行けない、こんな生活が耐えられるだろうか
夜、寝ながらうとうと優勝を聞いていた。
りくりゅう!
りゅうのいつも感じる人間としての優しさ。りくの年齢にしてはしっかりとした雰囲気。それを今回も感じた。
朝から、本当に良いものを心に刻むことができた。
次回のオリンピックまで、部長の命があるかどうかは疑問な状況で、本当に良い演技を見せてもらった。
蛇足で言うならば、りくの「しっかりさ」は苦手な部類だけど、今回は彼女のすべらしさに、乾杯。りゅうの暖かさは文句なし。
表面上ではなく、彼女の奥底の心理には『私だったかも』の気持ちがおそらくあっただろう。
その、心を抑えてしゃべる彼女がいじらしい。気持ちはよくわかる。
ぶちょう
2026/02/18(Wed) 11:01 No.2401
大腸癌の手術以来、最高の体重が68kgだった。本日の体重は65kg。医者は、体重を落とせば体力が無くなって危ないです、と。ここ1ヶ月で3キロ減った。
本日は、シーチキンの炊き込み飯をやってみる。
が、良いって、素晴らしいことなんだと、この頃気づく。
普通に生活しているのが、大変な体の状況です。
部長の人生、そんなに長くは無いと感じる。
起きていても辛い、寝ていても辛い、食欲無く、体重は落ちるのみ。
令和3年6月に、大腸癌の手術。余命は医者は言わなかった。調べた結果では5年生存率は20%位だった。何とか80歳まで生きたいと痛切に思った。本日満79歳。
死んだ場合の処理について、覚書を書くことを始めた。
風鈴部長
2026/02/12(Thu) 12:09 No.2398
あけましておめでとうございます。
なんとか今年も乗り切りたいです!
バイクに乗っていられるのも、最後となるかもしれません。
日々を楽しんで 明るく元気な1年としたいものです!
6年前に、大腸癌が見つかり手術。肝臓に転移済みで、レベル�W。
5年生存率は25%程度でした。
なんとか、5年は生きました。あとどの位かは、わかりません。
抗癌剤もあまりの酷さに6月に中止しました。
なんとか、未だ生きていたい、、、。
年末に来て、仕事上のミスを指摘され大あわて。
何とか処理できないと、数百万円の損害賠償を請求されそうでした。お客様に誠心誠意説明して、対応処理を行い、やっと23日に安心できる状況でした。体調が悪い中、頑張ったかいがありました。
22日天気が良いので、富士山方面へ。
久しぶりの、薩埵峠です。
有名な、景色です。富士山がきれいだった。
孫たちとちょいと行きました。
11月15.16日と山梨県のキャンプ場に行きました。幌馬車型キャビン宿泊です。
2日間ともに、体調絶不調。本当に参りました。
前回はここで、鎖骨を折る始末。
今回は、何しに行ったのかわからない状況。土曜日は完全に駄目で、夕方6時には就寝。
土曜日に食したもの。
朝飯→食パン半枚
昼飯→塩ラーメン7分程度
夕飯→日本酒2合、はんぺん1/2枚→そのまま18時には寝ました。
日曜日に食したもの
朝飯→豆腐の味噌汁半分
昼飯→お蕎麦一人前
夕飯→ご飯茶碗半分、味噌汁。
夕方8時に就寝。
まったく、遊びにいってこれだけ駄目だったのは初めてかもしれません。
キャンプ場往復は友人の車でしたので、これがなければどうなっていたのでしょうか。
8月3日 キャンプ場でトイレで転んで、鎖骨骨折
同日お昼過ぎ、近所の当番医整形外科にて診療
自然治癒は難しいと考えるので、大手の病院に行くよう言われる。
7日市立病院にて診察。手術が良いと思うが骨の強度が不足かもしれないと言われる。
14日入院、15日手術、17日退院。
28日診察、手術は問題なく終わり経過は良いと言われる。
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たいしたことは内容に写真では見えるが、手術前は鎖骨が皮膚を破らんかと思うほど飛び出て骨折した。
ボウリング、バイク共に、最低2ヶ月はできない。
運動のため、自宅からあるいてみました。http://excite.mochimune.jp/fuji/castle.html
本日、血液検査。
腫瘍マーカーが滅茶苦茶高い数値だ。
今のところ、体には変化が感じないが、いつまで元気でおれるのか、非常にナーパスになっています。
CA19-9の値が1000を超えました。基準は37以下。
部長二男 




















